講師 吉田 博哉
プロフェッショナルコース1年 阿部 健一さん
研究テーマ: Twitterを用いた消費者被害情報の分析
購入した商品の不具合や問題が起こった時に、公的機関の対応の遅さから被害が拡大することが課題だと感じていたという阿部さん。消費者庁に勤めていた経験も相まって、データを活用した解決策を模索していた矢先、「データマイニング」の研究を専門とする吉田博哉講師の門をたたきました。
左から吉田博哉講師、阿部健一さん
「気軽さ」と「即効性」で見出したTwitterの可能性
吉田 :阿部さんは社会人経験がある学生です。働いていた経験から日々感じていたことを研究テーマとして選択されました。
阿部 :消費者庁に2年間勤めていました。その間、さまざまな市販商品による消費者の被害報告が世の中に数多く存在することを知ることになります。例えば大きなニュースになったことといえば「カネボウ」の白斑被害(※)です。このような事件は被害が拡大し、大問題に発展してから販売中止にいたるまで大変な時間がかかります。なぜこんなに時間がかかってしまうのか、私は直接担当していたわけではありませんでしたが、非常に興味を持って見守っていました。そこで考え付いたのが「Twitter」を利用することです。おいしいものを食べた時、どこかへ旅行した時、何かを買った時、などTwitterでつぶやく人が多いと思いますが、同じように何か問題が起こった時にもTwitterに投稿する人が多いということに着目しました。もちろんブログやSNSにも書き込むことは考えられますが、一番早いのはTwitterなのではないか、と思ったのです。もともと興味のあった「データマイニング」の手法と組み合わせて有効なシステムになるのではないか、と考えました。
吉田 :ブログやSNSには「きちんと文章を書かなければ」というプレッシャーのようなものを感じる人もいる一方、Twitterには140文字という文字制限があるおかげで短い文を気軽に投稿できます。
阿部 :例えば「使用していると煙が出る」という欠陥のあるコンセントが問題になっているとします。検索ワードとして「コンセント 煙」と入れると、さまざまなコンセントと煙に関する投稿があがってきます。その中から、被害状況や問題となっている製品、メーカー名などを抽出し、いち早く原因を特定して他に被害が拡大しないよう、その情報を役立てたいと考えたのです。
吉田 :実際に消費者庁で働いていた時に、情報伝達や判断、行動の遅さを実感していた阿部さんならではの発想だと思います。Twitterのこの即効性が大切だと気付いたのですね。
阿部 :普通はこのような被害に合った場合は「消費生活センター」に相談します。被害状況をまとめ、情報を収集し、報告する。この行程は、実に数カ月もかかってしまうことが多々あります。その間にも被害はどんどん拡大してしまうかもしれない。これをICTの力で解決したい、と思ったのがきっかけです。その点Twitterはその即効性に加え、大量の情報量がとれること、そしてコストがかからないことが大きな利点であることから利用価値があると判断しました。
研究と実装の間にある「ズレ」を認識すること
阿部 :利用を考えているのが九州工業大学で研究されている「信頼度スコアリング」というアルゴリズムを応用したシステムです。もともと製品の不具合を調べるために開発されたものですが、これを「消費者への危険度」に応用できるのではないかと考えました。方法としては、まず核となるワードを決めます。例えば「コンセント」についての被害を調べるなら「コンセント」と入力します。「信頼度スコアリング」はそこから危険度に関連するワードを次々に自動的に付け足していきます。例えば「煙」「火」「感電」などです。付け足す回数は決めておきますが、最終的に信頼度の高いと思われる製品名やメーカー名を抽出できると予想されます。ワードはもちろん製品だけでなく、「やけど」など状態を表す言葉でも検索できるようにします。抽出されたTwitterの内容から、より信頼度の高いものをピックアップして、今度はその人物が過去につぶやいた内容を閲覧することによって、より具体的な被害状況や製品情報を取り出せると考えています。
吉田 :実装してみて、思っていたようにスムーズに検索できないことも判明してきました。例えば危険度を表すワードをシステムが自動的に選択するとはいっても、単語は無限に出てきてしまいます。より有効性のあるワードを拾ってこられるか、工夫する必要性が出てくるかもしれません。スクレイピングを使うにしても日本語は単語で区切ることが難しい。特に最近増えてきたのがひらがなの製品名です。単なる言葉なのか、製品名なのか、を判断させることは技術が必要です。例えばワードそのものを思いつく限り人手で登録していく、というのもひとつの手法ですが、さすがに限度があります。そのあたりをどう折り合いをつけていくか、今後の課題になりますね。
学生時代だからこそ失敗を重ねて学んでほしい
吉田 :研究中は「利用価値がある」と確信していても、実社会でも思ったように受け入れてもらえるとは限りません。阿部さんには何ヶ所かの公的機関に今回のアイデアをヒアリングしてもらいましたが、反応としてはあまり肯定的ではありませんでした。「必要としていない」というより、どちらかというと「関心がない」「システム自体をよく理解できない」という認識です。しかし私はこの結果を、阿部さんにはそのまま受け取ってほしくはありません。社会には多種多様な人が働いていて、事情もさまざまです。そもそもコンピュータに慣れていない人もいます。システムの必要性に気付いていないだけかもしれません。現時点では「ニーズがない」と判断されたとしても、そのニーズを探って作り出していくことも大切な研究の要素なのです。
阿部 :「社会課題の解決」がKICの重要なテーマです。ですから、社会から「必要がない」と判断されるということは「世の中の役に立たない研究はするべきではない」という結論になってしまいます。しかし、成果発表会で私がこのテーマをお話した時に、先生方から「ぜひこの研究を続けなさい」と太鼓判を押していただきました。私が当初念頭に置いていた公的機関よりも、消費者問題に関心の高い民間企業でのニーズがあるのではないか、というアドバイスもいただきました。
吉田 :批判や不満を買い取ってそれを企業に売る、という商売も存在するくらいですから、問題点を集めて有効利用することに関心の高い企業は数多く存在するでしょう。阿部さんはまだ1年生なので、今後研究をすすめる上では変更点や妥協点も出てくるかもしれません。しかし失敗が許される「学生」という身であるということ。社会に出たらもちろん失敗は許されませんが、大学院という環境を最大限に利用して失敗を繰り返すことにより確実に社会性を身に付けることができると確信しています。
阿部 :かつて社会人だった時代に「君はマネジメントが向いているから担当しなさい」と言われましたが、当時の自分にはあまりその自信はありませんでした。しかしKICで「プロジェクト・マネジメント」などのマネジメントに関する授業を受け、考えが改まりました。修了後は再び社会に戻り、ICTに関わるマネジメントの仕事にも挑戦していきたいと希望しています。
研究をすすめるうちに、頭で考えていたシステムは必ずしも社会に受け入れてもらえるわけではないことを実感したという阿部さん。現状を把握し、ニーズを開拓することに加え、世の中に提案していく姿勢も大切だと学んだといいます。社会に戻った時、KICでの経験を生かして活躍されることを楽しみにしています。
(※)2013年に起こった株式会社カネボウ化粧品の美白化粧品で約1万9千人に白斑の症状が見つかった問題
ITエンジニアになるには、2年間でICTの基礎知識と応用技術を体系立てたカリキュラムにて修得する必要があります。 就職、転職後には実務に耐えうるスキルを身につける必要がある為、実践形式で指導します。卒業後の進路内定率は99%。