
医療×ICT ~ 研究を通じて見えた現在の課題と未来への展望
たとえプログラムを書くことが得意であったとしても、なにが課題なのかを自分で考え、工夫し、設計する。この上流行程が重要だと考えたのです。
2016/3/7
左から中本 陽一さん、藤原 明生 教授
教授 藤原 明生
プロフェッショナルコース2年 張 敬佳さん
研究テーマ:初診患者の診療不安軽減のためのマイ電子医療手帳の開発
プロフェッショナルコース2年 中本陽一さん
研究テーマ:現在待ち時間の見える化による通院患者の不満軽減に関する研究
プロフェッショナルコース2年 李 桂さん
研究テーマ:入院患者のための遠隔コミュニケーション支援システムの開発
藤原 :我が研究室の本年度(2015年度)のテーマは「医療分野の課題解決」です。この大テーマを基本として、学生がそれぞれ課題を見つけ、研究しました。今日集まってもらったのは本日修士論文を提出したばかりでホッとしている(笑)プロフェッショナルコース2年生の3人です。
張 :私は中国からの留学生で、日本語の勉強をするために東京に2年間住んでいました。もともとプログラム経験があったICT技術を本格的に学びたいと考え、KICに入学することを決意しました。
日本で生活していて困るのはやはり日本語です。日常会話はほとんど支障ありませんが、病院にかかった時にお医者さんに症状を説明したり、飲んでいた薬の種類を伝えたりすることは大変難しいと感じていました。東京から神戸へ引越しをした時に病院に行った際には先生が代わったこともあり、自分の病状をなかなか理解してもらえませんでした。
こうした経験から、同じように困っている人がいるのではないかと考え、「マイ電子医療手帳」を研究テーマとしました。病院からもらう診療明細や薬の情報をスキャンしてデータベース化し、スマートフォンなどでいつでも見られるようにすれば良いのではないかと考えたのです。
藤原 :紙データを電子化するためにOCR(光学式文字読取装置)の技術を使ったのですが、張さんが当初考えていたシステムは、実際に動かしてみた時にさまざまな課題がありましたね。
張 :まず、診療明細や薬の情報の仕様は病院ごとに違います。つまり病院名や病名などが書かれている箇所が違うのです。これらをそのままスキャンしても、ある病院では病名として認識しても、違う病院ではその場所には違う情報が書かれていたりする。つまりデータ化する時点で問題が発生してしまいました。
藤原 :そこで病院ごとにテンプレートを作成することにしたのですが、これが予想以上に時間がかかる作業でした。結果的には実用化できなかったのですが、問題を解決するために設計と実装を繰り返して完成に近づけることを体験できたのではないでしょうか。
張 :一番苦労したのは始めの設計段階です。設計図を書き、仕様書を仕上げるまでに何度もやり直さなければなりませんでした。私は母国でもプログラマーとして仕事をしてきた経験があります。
その時は、できあがった仕様書を渡され、その通りに作ることが仕事でした。
しかしそれでは自分としては物足りなかった。「これは本当に必要なのか」「もっとこうした方が使いやすいのではないか」と心の中で思いながら言われた通りに作っていました。たとえプログラムを書くことが得意であったとしても、なにが課題なのかを自分で考え、工夫し、設計する。この上流行程が重要だと思ったのです。それを学びたくてKICに入学しました。ですから、企業での経験に基づき、実践的に指導していただける藤原先生から学べたことは素晴らしい経験になりました。
中本 :私は患者が「病院での待ち時間がわからない」という不満を持っていることに着目しました。これをなんとかICT技術で解決できないか、と考えたのです。病院の受付で診察券を出すと、患者さんのデータを読みとって画面に表示します。患者さんは受付で受け取った無線タグ付きの番号札を首からかけ、診察室に入退室した際、入り口に設置したセンサーによって入室時間と退室時間が記録されるというシステムです。結果をデータ化して蓄積し、待っている全ての患者の診察時間の平均を抽出することによって待ち時間を計算できると考えたのです。
藤原 :中本さんがこのテーマを考えた時点ではまだ「仮説」に過ぎません。実際に病院での検証が必要です。
中本 :これが本当に大変でした。当たり前ですが、病院というのは非常に忙しいところです。訪問のお願いをしてもまったく返事がもらえないことが多く、またもらえたとしても断わられるケースがほとんどです。その中で稀にお返事をいただける病院がありましたが、提出する企画書には何度もダメ出しをされました。厳しい現場で働いている病院の方々に、学生の生ぬるい考えはすぐに見透かされていたようです。私たちのやる気を理解していただくために説明を繰り返しました。
藤原 :始めのうちは学生たちも社会の厳しさを目の当たりにして相当落ち込んでいたようです。しかしそこまで熱心に指導してくださることは、学生の可能性にチャンスを与えようとしてくださっているからこそ。その真意を見抜き、あきらめないでやり抜くことが社会に出てから最も大切なことである、ということをアドバイスしました。
中本 :そんな苦労を経て実際に現場を見学でき、予想していた以上の収穫がありました。私は待合室の見学をメインに行ったのですが、やはり予想通り待ち時間が長いことがよくわかりました。しかしなぜ長いのか、という点についてはこの病院の特徴にありました。そこは大学病院などとは違い、地元に密着した病院でした。長年通っている人も多いので、医師と患者の関係も密接です。対話を大切にしていることもあって診療時間が長くなっているようでした。「慢性的な医師不足」という根本的な課題があることもわかったので、将来はICT技術を使ってこの問題を解決していけないか、と思っています。
藤原 :中本さんの開発したシステムも、実装するとさまざまな問題が見つかりました。たとえば無線タグを読みとるセンサーは、ある程度電波が強いものを使用すると「電波法」の申請が必要になります。申請が必要ないレベルの電波ではやはり弱すぎてなかなか読みとれません。かといって申請をするとなると、それはそれでかなりの手間と時間が必要になり、実用的とは言えなくなります。
中本 :beaconモジュールとRaspberry Piを使って手作りの装置を作成して、改善をはかりましたが、なかなかスムースに動きませんでした。
左から李-桂さん、張-敬佳さん
李 :私は入院中の患者さん、特に学校へ通っているような子どもや学生さんに、病室でも仲間と一緒に授業を受けているような感覚になれるシステムはできないか、と考えました。そこで顔の部分にスマートフォンを設置できるロボットを教室に置いて一緒に授業を受けてもらい、ビデオチャットを使ってリアルタイムに病室にいる患者に見てもらえるシステムを考えました。ポイントは先生に質問したり会話したりできること。まるで「本当に授業を受けているよう」な気分を味わってもらいたいからです。
藤原 :李さんのシステムの良い点は、ロボットを使っているところです。実はこのシステム自体はパソコンで行うことも可能です。しかしパソコンを教室に置いていても、見た目にはただの機械に過ぎませんから味気ないでしょう。ロボットには親しみが沸きます。PEPPERのような精密な大型ロボットではありませんが、小型のロボットは持ち運びもできますので、授業ごとに友達が教室に連れていってくれるのではないか、とも予測できます。機械とは違う温かみが感じられるのではないでしょうか。
李 :ロボットには英語のマニュアルしかついていませんでしたので、使い方を理解するのが難しかったです。始めはロボットを遠隔操作して、ロボット自体の手を上げさせて質問できるようにしたかったのですが、マニュアルをよく読んでみるとそれは不可能なことがわかりました。代わりに、ロボット自体の腕を上下させると、患者の持つ端末にお知らせできることがわかりました。患者と会話したい時はロボットを操作すればいいことになります。予想外ですが、楽しい機能も発見できました。
藤原 :高齢者や幼児用としても応用できると考えられます。しかし、ロボットや端末の操作は誰にでもできるというわけではありません。その点では、実用までには時間がかかってしまいそうです。また、高齢者や幼児に実際に使ってもらい、検証することが必要ですが、病院同様、検証先を見つけるには困難が伴うでしょう。学生たちも、設計段階に考えているだけの時と、実装との間には大きな違いがあるということは、身を持って体感したことでしょう。
中本 :藤原先生の指導は厳しいと感じる時もありますが、社会に出たらこんなものではないと思っています。学生のうちに実社会さながらの経験ができることは、大変貴重な経験です。
藤原 :私が経験してきた企業でのやり方や雰囲気をそのままこの研究室に持ち込んでいます。なぜなら学生たちがKICを巣立った後、すぐにでも就職先で実践力を発揮してほしいからです。
会社の中には「待ち」の姿勢でいる人が見受けられますが、それでは通用しません。
常に自ら課題を見つけ、自分でやり方を考えて実行していける人でなければ社会人として失格です。
私の指導が時には厳しすぎると感じる学生もいたでしょうが、彼らを成長させるための指導だと感じてもらえたら嬉しいです。
KICで学べるのはICT技術だけではありません。
自ら考え、行動し、積極的に生きる「人間力」を身につけること。
それはなによりKICが大切にしている人生の「探究実践」と言えるのではないでしょうか。
ITエンジニアになるには、2年間でICTの基礎知識と応用技術を体系立てたカリキュラムにて修得する必要があります。 就職、転職後には実務に耐えうるスキルを身につける必要がある為、実践形式で指導します。卒業後の進路内定率は99%。